(PCC-1010)
2015年
プロデューサーの藤井丈司さんの企画による、クラシックの名曲を中心としたBGM集。
tico moonのアイリッシュハープ奏者吉野友加さんとのデュオ、共同アレンジで。
普段扱わない曲てんこもりで苦しんだけど、凄く勉強になりました。
発売以来2021年の今に至るまでアマゾンチャートの上位を行ったり来たりしているという、自作品としては珍しい孝行息子な一枚。
(MHTR-1002)
2018年
参加ミュージシャン
笹子重治
野本晴美
秋岡欧
サウンドプロデュース担当。デビューの時からずっとお手伝いさせていただいています。
(VICP-65342)
2015年
歌とギター1本のみで初めてアルバム1枚作るという、得がたい経験をさせていただいた1枚。
純名さんは「花の」宝塚出身、有名女優にして、歌手としても大編成オーケストラで歌うミュージカル系の方であり、そんな純名さんにとっても僕のようなビンボーくさいサウンド(→人間も)とのコラボはいろいろ大変なことも多かったようで、そういう意味で、我々はお互いに「苦心の学友」みたいなものだったかも。
結果、自分にとってはこのアルバムの制作以前と以後で、表現技術上、何かが変わり始めたカンジがしています。
基本、スタンダードものですが、最後の「candle」のみ純名さんとの共作。
(TAKI-6009)
2013年
参加ミュージシャン
笹子重治(ギター)、向島ゆり子(ヴァイオリン他) 、前田雄一朗(ローズ) 、
トリタニタツシ(リュート他)、田島隆(タンバリン) 、織田優子(リコーダー) 、田中良太(パーカッション)
共同プロデュース、演奏は5曲参加。共同プロデュースに名前をのせていただいていますが、
実質やったことは「御守り(おまもり)」ぐらいだったかも。最近はご一緒する機会もなくなりましたが、
かなこちゃん、どんどん「芸域」を広げているカンジで、頼もしいかぎり。
(XOJT-1006)
2013年
コーコーヤ第三作品集。
岡部洋一(Perc)の他、コモブチキイチロウ(Bass)秋岡欧(Cavaquinho)参加。
(VTCL-60271)
2011年
(PCBG-51812)
2011年
2012年の金環食を記念して今までの金環食の映像を集めたDVDの音楽を担当
XQJT-1002
2011年
ゲストミュージシャン
ギター:ゴンザレス三上(M-13)
パーカッション:岡部洋一(M-1 , 2 , 3 , 5 , 6 , 10 , 11 , 15)
「これぞにんまり幸せ音楽」チチ松村(ゴンチチ)
2008年にアルバムデビューして、2009年には初のTVアニメサントラ担当&サントラアルバム発売。そして、2010年夏にこのアルバムを完成させました。その間、各地でのライブ展開、コンピレーションアルバムへの参加などもあり、着実にユニットとしてのコンビネーションも深まったと思います。
今回も全15曲中13曲がオリジナル作品。前回以上に作風に広がりが出たと自負しています。レコーディングは、メンバー3人と岡部洋一君(Perc)だけで、合宿レコーディングスタジオに籠もって、一気に仕上げました。
オリジナル以外2曲のうちの1曲は、ミュージシャン仲間、岩原智さんがコーコーヤのために書き下ろしてくれた作品。もう1曲は、ゴンチチのゴンザレス三上さんのソロアルバムで、レコーディングのお手伝いをさせていただいた作品、即ちコーコーヤにとっても記念すべき「初レコーディング」となった思い出の曲を、三上さんご自身にゲストに来ていただいて、改めて録音させていただきました。
RSCG-1049
2010年
音の詳細はこちらで。
http://www.gemmatika.com/
ずるずる長いセルフライナーを書きました。
お暇でしたら、お読みください。
[ 僕は、「ソリスト」ではない。20代なかばまでは、ギターソロの真似事のようなこともやっていたが、練習も大変だし、人前にピンで立つのも大変だし、そういう大変さを乗り越えてまでソリストになりたい、という切実な欲求が、正直、無いのである。で、いつしかソロ活動もやめてしまい、歌手のバックをギター一本でやる、という活動が、ここ20年ぐらいの「デフォルト」となっていた。
むしろ歌手のバックのようなことこそが、最もやりたかった活動だった、とも言える。歌手との活動だけでなく、20年続けている弦楽トリオ「ショーロクラブ」にせよ、数年前に立ち上げたユニット「コーコーヤ」にせよ、僕の役割は、「ガットギター1本で音楽の『場』を作る」という作業なのであって、詰まるところ、僕の作る「場」の上で、共演者の歌手の皆さんやユニットメンバーの皆さんに気持ち良くダンスを踊っていただきたい、というのが、僕の音楽に対する基本姿勢なのである。
というワケで、時たま「ソロアルバムを作りませんか」というお誘いを受けることはあっても、その都度、「えーと、あの、ムニャムニャ」と言ったり、「還暦になったら考えます」と言ったり、もっとヒドイ時は「来世に」などと言ったりして、お茶を濁していたのであった。
なので、今回のレコーディング、当初お話をいただいたときも、まずとっさに「ニゲル」ことを考えた。ところが、レコード会社社長の豪華な飲食の饗応を重ねて受けるうちに、だんだん逃げるワケにもいかなくなり・・、というのも半ば真実ではあるのだが、実際のところ「齢五十を過ぎた『伴奏屋』に、こういう企画がいつまでも来ると思うなよっ」という天の声もあり、内容についての、こちらのスタンスへの深いご理解とサジェスチョンもいただき、それやこれやで「内堀外堀」を埋め尽くされた状態となり、とうとう、じゃ、やるか、となったのが、2009年の秋。
で、内容はどうするか。自分名義のアルバムと言っても、急に「華麗なるソロプレイ」が出来るワケでもなく、人様にお聞かせ出来るような素敵な歌が歌えるワケでもなく、結局はこの20年ぐらいの間にやってきたことを、「自分中心」に再編成するという以外に、出来ることはない、と思い定めた。この20年間やってきたこと、とは、上記2つのインストユニットを除けば、歌手とのコラボレーションである。
例えば、EPOさんのバックをやるようになってもう18年ぐらいになるが、EPOさんとの共作が、まだ1曲も無かった。EPOさんとの作業においては、常にEPOさんが司令塔であり、僕は、その「指令」内容を、自分の持てる手段のうち最も効率よく実現出来る方法を考える、というのが、僕の変わらぬスタンスであった。逆に桑江知子さんは、アルバム2枚をプロデュースさせていただいて、ここ数年の桑江さんのレコーディングを中心とした活動の中での僕の「責任度」は、低からざるものがある。比屋定篤子さんは彼女のデビュー時から殆どずっとサポートしているが、レコーディングにおいては、僕は一兵卒のギタリストであったり、アレンジャーだったりプロデューサーであったり、いろいろであった。というような、それぞれの共演者の皆さんとのまちまちの距離感やスタンスを、自分を中心に統一再編成してみる、というのが、このアルバムのひとつの柱になるであろう。
「そうは言っても、ソロも少しはやるでしょ」と、しかし、やっぱり言われてしまうのである。ソロ(ギター一本による純然たるソロにせよ、バックを従えた形にせよ)パフォーマンスというのは、技術的にも大変(もっと言えば、使う「筋肉」が違うのです)だが、精神的にバックとは相当違う心構えを要求されるのであって、客前商売のクセに人前に出るのが苦手?な僕にとっては、そのような「自己改造」は、出来ればナシで済ませたかったものである。しかし、実は僕も、ブラジルの伝説的ギタリスト、バーデン・パウエルの影響が無ければ恐らくプロにはなっていなかったのではないか、という「履歴」があり、自分自身のそういう「出自」を音として残しておきたい、という密かな願望があったことに、こういう事態になってから気づいた。
そのように、比較的短期間に、いろいろなことがアタマの中を行き交い、それと同時に、曲もポロポロと湧いて出てきた。曲の中には、「あの人に歌って貰う曲を」と思いながら作ったものもあれば、出来てみれば「この曲はあの人に歌ってもらうしかない」となった曲もある。年明け以降、それぞれの歌手の皆さんにそれらの曲をお送りし、そしてしばらくしたら、素晴らしい歌詞がついて、それらの曲が戻って来た。音源をネットで遣り取りしたり会ってリハをしたりして、細かい部分を詰めた。某歌手とはカラオケルームでリハをして、そのあと飲みに行ったりもした。実に、至福の日々であった。
というワケで、取り敢えず僕の名前を名義としたアルバムが出来上がった。きっと、ショーロクラブやコーコーヤなどのインストユニット活動「以外」の僕の今までの活動を一枚のCDとして表現したのが、このアルバムなのだと思う。余りにも多岐にわたりすぎていて、果たして1枚のアルバムとして成立しているのか、若干不安でもある。でも、すいません、今までこういう活動をしてきたんです、としか言いようがない。
OMCA-1120
2009年
吉田慶子(vo)
笹子重治(g)
岡部洋一(per)
ヤマカミヒトミ(fl)
イーズカ・ヒトシ(vo)
全曲プロデュース、アレンジ、演奏で参加。
ナラ・レオンのトリビュートアルバム。ポストボッサ世代にあたるナラの音楽は、正統派ボサノヴァ的なシンプルで柔らかいたたずまいを持ちつつも、素材は古いサンバやルーツサンバ、民謡、ショーロ、逆に当時の「ニューミュージック」の担い手達の新しいナンバーなどなど、あらゆる方向に求められている。それらの音楽の豊かさが、ボサノヴァ的なシンプルさの中にキッチリまとまっている、という点が、最大の魅力であろう。
吉田さんの魅力は、「引き算」の魅力。「攻め」の表現を排して、確信犯的に弱音のコントロールを表現の中心に置いている。
ナラ・レオン的なブラジル音楽は、僕がブラジル音楽の中で最も大きな影響を受けた部分とほぼ重なっているし、吉田さんの弱音へのこだわりは、そのまま僕にとっての演奏上のこだわりでもある。
このアルバムを作るにあたっては、吉田さんと、「ともかくシンプルに、余分なものを排して」と申し合わせていた。パーカッションの岡部洋一、フルートのヤマカミヒトミと一緒に作ったサウンドは、「エッセンスだけ」と言うに近い、ギリギリのものだったと思う。