2007年12月の日記:[以前の日記]
 
 
12月27日(木)
 
 
コーコーヤ・レコーディング最終日

 今日は、黒川楽曲へのヴォイスのダビング。入れてくれるのはSaigenji。いろんなミュージシャンがいるが、彼は譜面を余り使わないタイプで、記憶容量が大きい。黒川さんの曲も、結構複雑な内容なのだが、どんどん覚えて、その中で自分のパフォーマンスの自由度を高めていくというのは、なかなかリッパなことである。   
 僕も30過ぎぐらいまでは、たいていの曲は自然にメモリー出来たものだが、今や自分の曲ですら怪しい。恐らく普段恒常的にやっている楽曲数が多すぎるのだろう、と思って自分を慰めているのだが、それだけじゃぁないだろうなあ。かえって、完全に覚えて無意識にやっているような曲が、アブナかったりするのである。そういえば、この前のショーロクラブの時は、沢田さんは、何百回やってかわからない程やった「くじらの午睡」のコード進行を忘れていた。上には上がいるのだ。

 などなど、いろいろありましたが、これにて今年の「公式行事」は終了です。ホントにバタバタした1年だったけど、終わってみれば、納得のいく楽しいライブの連続でした。これも共演者の皆さんと、来ていただいたお客様のおかげです。どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
1198816412.jpeg 怪しい雰囲気にひたるため、ろうそくの灯のもとでレコーディング

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12月24日(月)
 
 
ショーロクラブで、大阪にてFM COCOLOピンクリボン・クリスマスのイベントに生放送出演

 朝6時50分東京発の新幹線で大阪へ。さっきまで盛岡にいたのに、おかしいなぁ、という気分。10時には現場でサウンドチェック開始。まだ昨日の演奏の感触が残っていて、指がよく動く。今回の仕事は、ピンクリボン・クリスマスと銘打った、FM COCOLOの生放送イベントへの出演で、場所も大阪駅前ヒルトンプラザの一階ロビーという、ショーロクラブにとっては久しぶりの「世間に開かれた場所」での仕事である。
 ピンクリボンというのは、乳ガン撲滅の世界規模のキャンペーンのことで、我々もピンクの衣装を着るか、あるいは乳ガン撲滅について一言話すか、というハナシもあったのだが、どちらも「似合わねえ」ということで、結局ピンクリボンのバッジを胸につけて演奏することに。場所の雰囲気、演奏内容も含め、初めてショーロクラブの演奏を聞いた方々にも、楽しんでいただけたように思う。ご静聴、ありがとうございました。
 これにて、今年のライブ関連の仕事は終了。ここ数ヶ月は本当に大変だったが、何とか乗り切ることが出来た。三ノ宮ガード下の立ち飲みで20分程「自分打ち上げ」をしてから、実家に帰宅。

 さて、最後にマリオ・セヴィに教えてもらった動画を、皆様へのクリスマスプレゼントに。
http://www.youtube.com/watch?v=-RVp3yh_9XE
ブラジルのマーケットのチェーンC&Aのコマーシャルですな、これは。
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12月23日(日)
 
 
盛岡・岩手県公会堂にて、EPOコンサート

 実は、今日が今年の仕事納めのはずだったのである。「じゃ、コンサートが終わったら、みんなで忘年会しようよっ」と「宴会・命」のEPOさん。僕もそのつもりでいたところ、明日のクリスマスイヴに急遽大阪でショーロクラブの仕事が入ってしまった。ので、僕一人、仕事が終わったらすぐに盛岡発の新幹線の終電に飛び乗り、東京駅近くのホテルで睡眠を取って、朝イチの新幹線で大阪へ行く、というスケジュールに。えーっ、せっかくみんなで忘年会しようと思ったのに・・・、というEPOさんにごめんなさいを言って、許してもらったはずなのであったが。
 先ほど楽屋にて。「ねえ、仙台空港に朝イチで行ったら10時までに大阪に着けるんじゃない?」「深夜バスは?朝一で東京に着いて、それから新幹線に乗ればいいんだよ!」「ホテルさぁ、ササジーの分、まだキャンセルしてないからねー」「昨日飲んだ南部美人、おいしかったよぉ〜」。最後まで「お誘い」を止めないEPOさんなのであった。
 実際のところは、飛行機は時間が合わなかったのだが、深夜バスの方は、11時に盛岡を出て朝6時に東京に着くことが出来るのだそうだ。夜7時過ぎにライブが終わって、8時から11時まで打ち上げで盛り上がって、深夜バスで仮眠をとりつつ東京へ。そして新幹線の明日の朝6時台の「のぞみ」を乗り継いで、朝9時50分には大阪の現場に。何と美しい!!と、数年前の僕なら考えたかもしれないが、さすがに寄る年波には勝てず、今それをやったら確実に寿命を減らすことになりそうなので、せっかくのお誘いだったのですが、丁重にお断りいたしました。
1198420370.jpeg 築80年の由緒あるホール。

1198420371.jpeg 盛岡名物、じゃじゃ麺。

1198420372.jpeg 食べたあとの味噌のついたお皿に生卵をとき入れ、その上からチータンタンスープを注ぐ。

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12月22日(土)
 
 
プラッサオンゼにて、松田美緒ライブ
 松田さんは、今年はジョアン・リラとのツアーがあって、それがとてもスバラシイ内容のライブだったので、彼が帰ったあとで僕らがどのようなアプローチを作って行くか、というのが、(僕個人としては)大きなテーマであった。前回はジョアンとは全く逆の「静〜空間的」なアプローチを試み、結構「当たり」だったと思うのだが、今日は前回のメンバーに福和誠司を加え、「動」の部分にもアプローチ出来る編成で臨んだのだったが、どうでしたでしょうか??
 僕の感触では、やはりパーカッションを含めても、「静」の世界の方が際だった出来となったように思うのだが・・。長くブラジル音楽と関わってきて、僕らが洋学的アプローチという縛りの中で彼等に優れるポイントというのは、結局は「静〜空間的」感触の部分ではないか、という思いを強く持っている。これは、自分個人の才能の方向性や限界の問題とも絡むことなので、果たして一般化して言っていいのかは、ちょっと微妙なところだけど。
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12月19日(水)
 
 
部屋は野生の王国

 松田美緒にクララ・ヌネスの歌のアレンジをたのまれ、久しぶりにレコードラックからクララのレコードを抜き出してみてビックリ。シロアリに食い荒らされて、哀れジャケットは土のカタマリと化していたのであった。調べてみると、そのアルバムの付近にある他のレコードも全てやられていて、数十枚のレコード全部が、ヒトカタマリの「蟻塚」のようになっていたのであった・・・・・・。
 よりにもよって、一番大事なクララのアルバムやパウリーニョ・ダ・ヴィオラのEMI盤、ネルソン・カヴァキーニョのレア盤など、今ではなかなか手に入らないものが特にヒドイ被害に遭っている。最もヒドイものは、ジャケットのみならずレーベルまで全部食われてノッペラボウみたいになっていて、もう何のレコードなのかも判別できない。
 先日やっと忙しさから解放され、部屋の片付けも終え、これからゆっくりといろんなことをやろうと思っていた矢先だった。これから仕事部屋の床をひっぺがしたりしないといけないかもしれないと思うと、憂鬱である。

1198073980.jpeg む〜し〜が〜〜〜〜〜〜〜〜っ

1198073981.jpeg 無惨

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12月18日(火)
 
 
ポルトガル大使公邸にて、松田美緒とファドを

 ポルトガル大使公邸にて、あるイベントのアトラクションでファドをご披露。60人あまりのお客さんの殆どは、ポルトガル語圏の国々の大使館関係者と、大学などのポルトガル語関係者とのこと。最初に大使による大変好意的なご紹介のお言葉をいただき、60人の見守る中、部屋の中央に進み出てライブを始めた。
 ノーマイクノーPAの上、状況も特殊であり、歌い出すまでは結構チビったのだが、文字通り水を打ったように静かな状況の中で聴いていたくことが出来、まもなくパフォーマンスに集中出来た。松田さんも「ファドばっかりは久しぶり」と言いつつ、だんだん調子を上げていき、終わったときは拍手喝采状態。「来年はファドだけのライブもするかねえ」といいつつ、別れたのであった。
 その後、桑江知子さん宅にての、レコード会社スタッフNさんの定年祝いを兼ねて関係者集まっての今年の打ち上げに合流。レパートリーのことなども含め、宴会とは思えないマットーな話し合いも出来て、実り多き時間となった。
1198045648.jpeg 種子島銃

1198045649.jpeg 国籍不明者

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12月14日(金)
 
 
青山プラッサオンゼにて、コーコーヤ今年最後のライブ

 ずっと忙しいまま何の準備も出来ずに今日を迎え、リハを始めたところ、絶不調であることが判明。でも、こういう時に結構良いパフォーマンスになる、ということを、ここのところの忙しさの中でしばしば経験してきたのである。で、本番ギリギリまで指を動かし集中を高め、臨んだ本番は、やはり「行けている」ものとなった。
 思えば今年はこういうピンチの連続であった。窮地に陥れば陥る程に、一皮めくったその下の集中力が威力を発揮する、ということが、何度もあった。もちろん、ジックリ準備・練習をしてその日を迎えることが出来るのが一番いいのだが、「自信」という意味では、この一年のドタバタで、自分のキャパに対して多少は自信がついたかもしれない。(ま、こういうの、ホントはやっぱりイヤですけどね。しんどいし。)
 「一年の総括」みたいなハナシをしているが、実際、今日で、ウシロから棒で突っつかれるようなスケジュールは終了である。折れた爪が伸びてくれないままになるぐらい仕事をしまくった1年(特に6月以降)だったが、あと、残す仕事は4本、1月だって決まってる仕事は5本しかない。そうなったらそうなったで、今度は永遠にそんな状態になるのではないかという不安が、ムクムクとわき上がるのである。自由業はつらいのだ。
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12月13日(木)
 
 
コーコーヤレコーディング

10月アタマにレコーディングして以来、まったくスケジュールの調整がつかず、やっと今日になって、残りのダビング作業へ。まず神田智子さんに来ていただいてヴォイスを入れていただく。バッチリです。目論見が当たる、というのは、気持ちいい。ついで、前日恵比寿某所でアブラものを食い過ぎて「吐きそう」なBICに、スルドと若干の小物を入れて貰う。これもスンナリ終了。
 お知らせしたとおり(10月アタマのダイアリー参照)特殊な録り方をしたレコーディングであったので、できあがりに一抹の不安があったのだが、今日改めて聞いてみて、「大正解!!」であったことが判明。これは期待しててもらっていいですよぉぉ。残りの作業もあとちょっと。来春、発売予定。
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1197609191.jpeg うう、キモチわるい。

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12月12日(水)
 
 
MACO with コーコーヤ、リハ。

 一年ぶりに会うMACOちゃんだが、相変わらずパワフル。まだブラジルのブも知らない頃からの知り合いなのだが、いろいろ苦労をするうちに、どんどん「大きな」ニンゲンになっていく、ということを目の当たりにして、感心してしまうのである。小さく纏まってしまっている自分を考えると、なんだかガッカリしてしまう。
 リハは、遅めの時間に始めたこともあって結構デスマッチの様相を呈してしまったが、ほぼ目処がついた。あと数曲を、前日(4日)と当日(5日大阪、10日東京)に浚えば、大丈夫だろうと思われる。
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12月11日(火)
 
 
ジョゼ・ピニェイロの生音ライブの応援に、澁谷・アダンオハナへ

 当ダイアリー記念すべき第一回で飲食のご報告をしたのが、ここ。その後時々、(2〜3回かな)テーブルライブをやらせていただいている。今日はジョゼの今年最後の東京でのライブ、ということで、ギターを持って出かけたのであった。と言っても、本来このお店は「飲み食い」に好適なお店なのであって、今日も「食い物目当て」で、行った、という言い方も出来る。20代頃までは、そういう動機で演奏する機会も少なくは無かったが、50を前にしてそういう動機で演奏しに行くのは、このお店ぐらいかも。
 「本来飲み食いの店」なので、演奏のために場所も無く、ジョゼの今年最後のライブを楽しもうと多くのお客さんに来ていただいたためもあり、ヴァイオリンの江藤さん、パーカッションの no-rio ともども、からだをすぼめるようにして、なんとか場所を作って演奏した。しかし、どういうシチュエーションでも、ジョゼのライブは楽しい。酒を飲んで仕事をする、ということは、普段はしないのだが、今日は無礼講だっ、とばかりに、テキトーに飲酒しつつ、自分も存分にたのしませてもらった。ゼ・ピニェイロ&BOTO、来年もよろしくお願いします。
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12月10日(月)
 
 
手嶌葵さん新譜のサウンドプロデュース二日目

 ここのところ全く時間が無い中、無理矢理スケジュール中に埋め込むようにして、お受けした仕事である。3日のレコーディング後にいただいた「もう1曲やってもらうかも」というハナシが、「もう2曲」に増えたのが、つい4日前。その2曲目の資料が揃ったのがつい2日前、という、何と言いますか、「無責任」ギリギリの仕事の受け方をしてしまった。大丈夫だろう、と判断した理由は、ギター中心のシンプルなサウンドで、というリクエストがあったことと、手嶌さんの歌唱力をもってすれば、こちらがよっぽど「ヘタ」をしない限り何とかなるだろう、という計算が立ったからなのであった・・・。
 で、結果ですが、思った以上に満足の行く内容になった。鬼武みゆきさんに、1曲はローズ、1曲はピアノで参加していただいたのだが、特に「資料が届いたのが2日前、キーが決まったのが3時間前」の方の曲など、相当深刻?にスバラシイ出来になったと思う・・・。
 ともかく、これで今年の狂乱スケジュールの山は越えた。まだ忙しさは続くが、あとはブラジル音楽系中心のモノばかりで、プレッシャーの度合いが全然違うのである。なので、今、寝る前なのに酒を飲んでいて、かように「自画自賛」しておるのであ〜る。
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12月9日(日)
 
 
NHKスタジオパークにて、アンサリーさんとライブ

 今年はたった2回のアンさんとのライブだったのだが、今日のライブは何だか妙に?充実していた。体調は二人ともイマイチ、リハのために取れた時間もギリギリ、僕の方はスケジュールに追われて準備も必要最最低限のことしか出来なかったのだが、朝、会場に着いてリハの音出しをしたとたんから、何故か全開、絶好調となってしまった。何でこういうことになるのか、よくわからない・・。って、もちろん良かったワケなのですが、凄くちゃんと準備をして万全で臨んでも、何だかシックリ来ないこともあれば、今日のように、不安を抱えて会場に臨んでも、すっと入れてしまう時もある。もちろんアンさんとの相性の問題とかPAの調子の問題とかいろいろあるのでしょうが、音楽の神様の気まぐれ、ということも、少し感じた一日でした。
 アンさんとは、来年も既に幾つか決まっているスケジュールがある。医業&母業?に忙しい人なので、必然的にライブの件数は少なくなってしまうけど、一回一回を味わえるようなライブを、今後もやりたいと思う。
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1197216203.jpeg 楽屋は保育園と化したのであった。

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12月7日(金)
 
 
那覇、桜坂劇場にて、比屋定篤子レコ発コンサート

 昼、沖縄食材を使った激うまイタリア料理T亭にて、東京組全員集合。イタリア人並に3時間かけて爆食。これからライブだというのに、みんなビールやらワインやらに手を出す。いけない人達。
 ライブの方は、久々の大きめのホールでのコンサートに終始緊張気味の比屋定さんだったが、歌の方は後半に行くにつれて、内容の良いものとなった。漣君、Saigenjiとのコンビネーションも、前回の青山マンダラの時よりも随分具合が良くなっていて、安心して音楽に集中できた。
 その後、打ち上げも、大盛り上がり。特に比屋定さんにとって、10年目の今年の最後のワンマンを無事終え、同時に多分いろいろ心配であったであろう今回のレコ発関連のモロモロをひとまず無事にクリア出来たことで、随分解放された気分であっただのだろう、いつもに増しての「大活躍」であった。(下記写真参照)
1197168082.jpeg 君たち、本番前にそんなに飲んでいいのかっ。

1197168083.jpeg 楽屋でテビチ、どこでもテビチ

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1197168085.jpeg 比屋定暴発

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12月6日(木)
 
 
 今日から、比屋定ツアー最終ライブのため、沖縄入り。夕方に那覇のホテルにチェックイン。さっそく沖縄ソバを食いに出る一行(Saigenji、高田漣君、N原J氏他)を尻目に部屋にこもる。体調不調の上、仕事溜まりまくりでいよいよテンパイ状態なんである。夜、近所の飲み屋で再合流。ここでも調子出ず、早めに退散。
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12月4日(火)
 
 
青山マンダラで、NUU、谷川賢作さんとライブ

 NUUと会ったのは10月末以来。1ヶ月とちょっとのご無沙汰だったのだが、半年も会わなかったようだね、と、お互い。実際、今年は本当にNUUとの活動は盛りだくさんだった。特にアルバム「縫う」の制作は、今年の「制作モノ」の中でも、最も充実した印象深いものであった。ショーロクラブの新譜の制作も来年の課題なのだが、自主制作、ということの大きなメリットについて、もう一度考えねばならないかも。
 つい先日まで中南米を旅行して時差ボケ気味のNUUは、いつもより少しだけ「上品」?な感もあったが、谷川さん以外にも、コーコーヤ江藤さん、黒川さんの飛び入りもあって、全体としては「お得感」アリのライブになったと思う。谷川さんには、今回もいろいろやっていただき、ご苦労様でした。
 今日が彼女との今年最後のライブ。今年もまた「今年最後」シリーズの時期がやってきた。異常なスケジュールの1年だったが、あと10日程でひとまず「最悪」の状態は終わる。終わったら一人で温泉でも行きたいな。行かないだろうけど。
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12月3日(月)
 
 
手嶌葵さんのレコーディング

 多分3年近く前のことだったか、ゴンザレス鈴木さんから「新人のデモ音源のレコーディングを手伝ってください」というおはなしをいただいて、数曲レコーディングのおつきあいをしたのが、手嶌葵さん。当時はまだ高校生で、凄く緊張してる、というか、人見知りしてるような印象であった。歌はとても良かったのでずっと印象に残っていたのだが、しばらくして、ジブリ映画「ゲド戦記」の主題歌に抜擢された、というハナシを聞き、おおっ、と思ったのもつかのま、どんどんいろんな場所でお名前を見るようになった。
 さて、今回1曲サウンドプロデュースをすることになり(と言っても、ギターとのデュオなんですが)、久しぶりにお会いしたのだが、やっぱり成長するのですね、若者は・・。「輪郭」がクッキリしたカンジ、というか、リッパになられていて、なんか、とてもうれしかったですよ。レコーディングの方も抜群に安定していて、4テイク録ったのが、どれもOKテイクに出来るような内容で、文句ナシ、でした。
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12月2日(日)
 
 
信州・上伊那、小蕪亭にて、EPOさんとライブ
 こちらでのライブも、もう15年も続いているらしい。いつも最後に記念の集合写真を撮るのだが、それが既に12枚にもなっているそうだ。最初の頃の写真など、なんかまだみんな「若い人」だったりして、時間の経過を想うと、感慨深い。「チーフプロデューサー」役のMさんやスタッフの皆さん、小蕪亭の皆さんとも、年に一度お会いするのが、文字通り「年中行事」と化していて、その機会が無いとサビシイ、という状態は、主催者と演奏者の関係としては、ひとつの理想形かもしれません。
 いつもと同じように、完全ノーマイク・ノーPAで、極小の音も全てお客さんに届いている、という実感のもと、今回も(自分で言うのも何なんですが)スバラシイライブが出来た。いつもと同様、美味しいご馳走もいただき、地元の食べ物をおみやげにいろいろいただき、満足して小蕪亭をあとに。帰りの電車で酒盛りしつつ帰還。
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1196652016.jpeg この方が「Mさん」です。

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12月1日(土)
 
 
アンサリーさんと、NHKイベント出演

 アンさんとやるのは、たぶん1年ぶりぐらい。その間、第二子ご出産と新譜CDの「ご出産」をされているワケで、アンさんにとっては充実の1年だったでしょうね。今は「授乳」の時間制限があって、リハの時間を取るのがなかなか大変な状態。こちらも忙しく、改めてリハの時間を取ることが出来ず、もう楽屋にいる間中歌いっぱなし、弾きっぱなし状態。で、これがいかにオイシイ状況か。
 こういうカジュアルな空間で、マイクを通さずにいい歌手の唄を「独占的に」聞ける、というのは、ホント、役得です。かつて、初めてブラジルでそういう経験をして以来、(その時は、クラウジア・サヴァジェーという女性歌手が、友人の家の居間で夫のギタリスト、ルイズ・オタヴィオをバックにして歌ってくれた)最高の唄の聴き方はコレだな、と思っている。その後も、部屋でセルジオ・サントスに一晩中唄ってもらったことや、エリゼッチ・カルドーゾが、ホテルの部屋で僕がギターの伴奏をさせてもらって唄ってくれたことや、いずれも凄く印象深い出来事でした。というようなことを、ちょっと思い出した一瞬でありました。
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