●エンジニア、シュガー・スペクター氏による、今回のコーコーヤレコーディングについてのコメント

今回のレコーディングは現在の音楽シーンでは大変に珍しい方法で収録が行われました。最近ではバンドなどで一発録りなどと言ってProtoolsなどに代表されるコンピューターベースのマルチトラックデジタルMTRにマルチマイキングで別々のブースに入って収録するのが定番になりつつありますが、厳密にはモニターヘドフォンを介しての録音であり、相手のミュージシャンの音を体感してセッションするわけではありません。ヘッドフォンによる同時モニタリングは自分の楽器の音の位相との差異の問題を100%取り去ることは不可能で、実際には半分耳からずらしたりして工夫している人が多い様です。

ko-ko-yaの演奏の魅力はなんといってもその同空間の空気の圧力を感じる同時性であり、笹子氏の類い稀なるギターのリズム演奏及びに江藤氏、黒川氏のそれぞれの演奏は空間を通してでなければ正確な意図は伝わりにくいと思われます。そこで、今回は1950〜1960年代初頭までは当たり前の様に行われていたモニター無しの同時演奏を当時の機材で録音するという手法を選びました。うまくいけば当時と同じスリリングでリッチな音が録れるはずです。クラシックのオーケストラの演奏と同じだと思っていただければ分かりやすいでしょう。

実際には、黒川氏のクラリネットの音量が他の楽器に比べ圧倒的に大きいため、クラリネットのみヘッドフォン経由で笹子氏のリズムを確認するという事になりましたが、基本的には上記に述べた手法です。これを当時の機材で録音するのですが、1950年代当時、大変に珍しかったステレオの全管球式のテープレコーダーと1930年代に製造されたWestern Electric社の639Aという非常に優れたリボン/ダイナミック複合マイク、RCA77DX、RCA44BXなどを当時のマイクプリアンプを使用して録音しました。もちろんただの懐古主義ではなく、あくまで現在の最新の機材と比べて明かに優れているという判断から選んだものばかりです。当然当時と同じ条件で収録すべく、すべて当時の新品パーツによる徹底されたメンテナンスが施された機材のみを使用しました。よくありがちなのは、ただ単に古い機材を使ってノスタルジックな音が録れればそれで良いという自己満足的な趣味の録音です。もちろん音楽の楽しみ方はそれぞれですからそれもまた良いと思うのですが、21世紀にもなって70年近く前の機材をわざわざ使うのは、それが未だに越えられていない超越した存在だからに他なりません。古いままの機材には古いままの良さがありますが、それらは時として音楽の大事なエッセンスを妨害しかねません。あくまで当時のスペックに戻してこそ意味のあるレコーディングだったと言えます。

現段階ではまだ完成しておりませんが、収録された2トラック38cmの1/4のテープの音は大変に素晴らしいものです。いわゆるノイズの無い、ハイファイな音という意味ではなく音楽の持つ方向性、楽器が空気を振るわせた軌跡、ミュージシャンの意思疎通などが余す所なく収録されたという意味に於いての話です。ノイズの無い録音がしたければ最新のデジタル機材で行えばよろしい。それはあたかも皮や大事な食物繊維を取り除いた一口食べるにはとても美味しい皮なしミカンの缶詰の様であり、しかるに殆どの人間がその音色に辟易していて潜在的に避けているという事実は無視出来ないでしょう。

管球式の録音機材の一番優れている点はなんといってもその位相スピードにあります。増幅段数が全行程で4、5段しかありません。これがディスクリートトランジスター回路だとすると少なく見積もっても10段以上、デジタルであれば50段以上になってしまいます。段数が増えるたびに位相は反転し、音はくぐもって遠くなっていくのです。管球式を超える究極の録音はエジソンシリンダーによるダイレクトカッティングレコーディング(完全にパッシブで電源を使用しない)であり、再生もゼンマイ式蓄音機という事になります。しかしこの方法は音そのものを人間の耳で聞いて満足の行くレベルで録音/再生することに限界がありました。個人的な主観ですが、今の所はGT管による管球式レコーディングがもっとも音楽に適していると思われます。

使用機材:
AMPEX government surplus 350-2 (351ではありません)1955年製造
RCA44BX ribbon マイクロフォン             1938年製造
Western Electric 639A ribbon/dynamic マイクロフォン 1939年製造
RCA77DX ribbonマイクロフォン            1951年製造
Altec 1567a                      1962年製造
Altec 1566a 1961年製造
RCA BA-2C 1947年製造
AMPEX 631 MASTERTAPE 1960年代のデッドストック
(現在のテープではバイアスの調整範囲が合わないため)
その他